少林問道-40話-41話-最終回(42話)-結末は!?

中国ドラマ-少林問道(しょうりんもんどう)-あらすじ-40話-41話-42話-の画像つきキャスト情報をネタばれありで!
キャスト情報など、最終回までの感想を全話配信します。

少林問道


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クルミットです♪
とうとう少林問道も最後の回となりました。
前回は、長きにわたる洛陽での倭寇との癒着が暴かれ、しかし明徳や剣雄の生き残りのために楊秀と無想が命がけの罰を受けることになりますが、敗火の策で、無想が観海大師の衣鉢を継承することになり、勅旨によって罰を回避しました。前回疑問だった少林寺内ポジションですが、少林寺の住職は無想が引き継ぐことになったようです。

そして剣雄は勅命によって倭寇討伐のために寧波に出征することになり、それに足が不自由になった楊秀と、蓁蓁が同行することになりました。実は寧波は、親世代三義兄弟にとっての因縁の地です。程粛が明徳の奇襲に対して援軍を送らず見捨てたことで、その後20年余りの復讐の火種を生んだ、あの場所が寧波です。その地で、ほつれた様々な因縁はどう決着を見ることになるのでしょうか。
最後の最後、仏は無想たちをどこへ導くのでしょうか、しっかり見守っていきましょう…

【少林問道】(ネタバレあり)

40話「寧波へ」

少林寺の住職となった無想は、正念に「少林寺の僧を率いて高剣雄を助けたい」と申し出る。
住職は少林寺を一日たりとも空けられないので、無想は正念に衣鉢を預けて寧波に向かう。
その話を聞いた三傑は、自分たちも戦うつもりで浮かれて無想に叱られる。しかし三人が本気で行きたい様子なのを見て、無想は薬局の僧医として同行することを許可する。
無想の表情がどんどん敗火化していますね。正念さんはいろいろ思うところもあるだろうに、えらいですよ… 三傑は相変わらずですが、戦地で大丈夫かなぁ~♪

明後日出征予定の剣雄の元に無想が訪れ「少林寺の僧も一緒に寧波へ従軍したい」と提案する。厳世蕃が楊秀を従軍させたのには何か思惑があるため、剣雄と楊秀を助けたいのだという。少林薬局が将兵たちの傷病を治し、達磨院が共に戦うと聞き、剣雄は本当にいいのかと念を押すが、無想はもう決めたのだという。
いいのかな…このことで少林寺の兵力が認識されたら、厳党がまた利用しようとしたり、つぶそうとしたりしてくるのではないでしょうか。目立つような行動はヤバそう…

明徳は厳世蕃から寧波へ行って岡田と連絡を取り、岡田の手を借りて高剣雄と楊秀を殺せと命じられ、言葉を失う。
その頃、剣雄たち一行は寧波の東渡門に到着していた。楊秀は寧波の荒廃を見て、ここは倭寇に虐殺される恐怖に包まれており、厳世蕃は倭寇の手を借りて自分たちを抹殺するつもりだと察するのだった…
厳世蕃のたくらみはわかりやすいですね。でも察知できたといっても逃げられない…

剣雄は現地の記録を見て、「なぜたかが500人ほどの倭寇に寧波府が敗戦を重ねるのか」と疑問を呈する。寧波駐留の侯成という参軍は、自分のせいだと謝罪するが、剣雄は責めずに「一番重要なのは人の心だ」と士気を高めようとする。剣雄は倭寇の首領が岡田だと気づき、「この一戦は必ず勝つ」と言う。
韓副官が剣雄に心酔したのがこのシーンでよくわかりました。侯参軍は今までいろいろ心が折れることも多かったのでしょう…やっとやる気のある上司が来たのですよね

出陣を前に無想たち僧侶は薬の準備に追われていた。一方蓁蓁は部屋に仏像を置き祈るようになっていた。剣雄は行き場をなくした蓁蓁に「これからはここで土地を買って静かに暮らせ」という。そして自分が戻らなかったら屍を君の家の庭に埋めてくれ」と。しかし蓁蓁はいまだに自分が十一娘のまま切り離せず忘れられないことで苦しんでいた…
剣雄の純愛は不滅なのですね。でも蓁蓁の苦しみを晴らすのは剣雄ではないのかも…

岡田は、新しい官軍の一行が到着したら、「いつもどおり」銀子を送って命か金かを選ばせろと江龍に指示する。しかし今度の隊長が剣雄だと聞き、明徳が自分たちの口封じを狙ったのだと考える。
剣雄は近隣の村を通り抜けて倭寇の本営に襲撃をかけようと考えるが、侯参軍は「その村は倭寇と同化している」と難色を示す。そこで剣雄は村人を皆殺しにしようとするが、楊秀が村の様子を見に行ってからにしようという。それに蓁蓁が男装して同行することに。
しかしそのことを通林から伝え聞いた無想は、危険を察知して二人を助けに村へと向かう。
男装ネタはひとつのドラマに1回は仕込まないといけない決まりになっているのかな…

蓁蓁と楊秀が村に入ると、習俗が漢人のものではなく、倭寇と同化した村となっていた。食堂の客の男たちに漢服をとがめられ、蓁蓁が女だとばれてしまい、捕まりかけたところを無想に助けられる。正因が楊秀を連れて逃げ出したものの、無想は蓁蓁が足をくじいて逃げられなくなる。
家紋、暖簾、てるてる坊主… それが日本らしさなのかな、なんだか微妙です…

無想と蓁蓁は村の男に逃げ道を教えてもらっていたが、蓁蓁の足のせいで時間がかかり、剣雄たちは遅い帰りに不安になっていた。剣雄は侯参軍から「倭寇は東瀛から渡ってきた百戦錬磨の兵で、退路を断たれて命がけ」という内情を聞く。しかし最大の敵は倭寇ではないのだという。
その頃無想は蓁蓁を背負って抜け道をたどっていた。くじいた足を診察する無想に、蓁蓁は「和尚にとって女子も屍も区別はないのね」と言う…
少林寺の患者には女性はいないのかな、プロとして女子も屍も一緒は正しいのかも?

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41話「義兄弟 集いし夜」

無想は蓁蓁から「私は李蓁蓁?それとも十一娘?」と答えを迫られる。無想であれ程聞道であれ、あなたにとって私はどんな人間?」と。無想は、蓁蓁が苦しむ「別の者」とのしがらみですら、蓁蓁を支える力となっていると語る。蓁蓁は泥から抜け出し咲き誇る蓮の花だと。そして無想は蓁蓁に数珠を渡し「抜け出すとは、心に慈悲がわくことだ」と教える…
無想が蓁蓁に出したこの答えが、なかなか驚きで心にしみます。蓁蓁もこの答えをもらったことで、ようやく十一娘としての三年間に結論を出すことができたのですよね…

楊秀と剣雄が、無想の救出の是非についてもめているところに、無想が蓁蓁を背負って戻る。そして倭寇の掃討を前に、村の民は殺さずに救うべきかどうかで、剣雄と楊秀と無想の三者それぞれの意見が食い違う。楊秀は倭寇対策で、三傑と一緒に爆薬を作り始める。
剣雄は結局村を制圧し、倭寇と共に朝廷に刃向かった村人を皆殺しにしようとする。そこに無想が銅人たちを連れて割って入り、「村人を皆殺しにしたことが外に広まれば、他の村の民は倭寇に投降し、そうなれば沿岸部にある集落の民はすべて敵になる」と説得したことで、剣雄は考え直す。村人たちに善人だと感謝され、剣雄は毒気を抜かれたようになる…
聞道の爆薬知識がここにきて活用されるとは!剣雄も何か目覚めたようですね~

しかし東渡門に戻った剣雄たちを待ち構えていたのは、監視役として遣わされた明徳だった。厳世蕃は裏で岡田に大砲を四門送っており、勝ち目はない。もし生き残っても寧波が陥落すれば朝廷が許さない、剣雄たちは戦っても死、戦わなくても死なのだという。
そこに倭寇が口袋山に現れたという報告が入る。そこを占領されれば三方が山で奪還は難しく、剣雄たちは窮地に追い込まれる。無想が僧侶たちで裏山からの奇襲を提案する。明徳は危険だと反対するが、ほかに方法がなく、かつてその道を使った経験のある明徳が無想たちを案内することになる。
「今思えば程粛は正しい」…かつて長く憎んでいた裏切りを、明徳はようやく冷静に受け入れたのですね、程粛が育てた息子が、自分と同じ立場に立とうとしてようやく…

江龍が寧波府に交渉にやってくる。明徳は表向き金で倭寇に兵を引かせると見せかけ、江龍にさらに金を上積みして寨門を開けるよう買収を試みる。ようやく江龍は倭寇に潜入した漢人であると明かし、官軍の怠慢により長く報われなかった日々に涙を流す。しかし寨門には大砲があるため、楊秀が大砲を爆破する役割を買って出ることに…
銅人たちは無想から奇襲計画に参加することを聞き、それは殺生になるのではないかと動揺する。無想は「修行よりも民の命が優先される」とやむをえないことだと説得する…
江龍の報われなかった日々も、楊秀の決断も、和尚たちの迷いも、全部ひっくるめて切なすぎます。でも厳世蕃たちは自分の手を汚さず、彼らの思いを踏みつけてきたのですよね

蓁蓁が琴を携えて楊秀の部屋を訪れると、楊秀は昔書いた詩を燃やし、身辺整理をしていた。楊秀は蓁蓁に喜びの曲をはなむけに弾いてくれと求め、そこに剣雄と無想もやってきて酒を飲もうと誘う。飲めない無想の代わりに蓁蓁が盃を飲み干し、別れの盃をかわすことに。
一方、明徳はひとり、程粛と高寿昔の位牌を並べ、線香を手向けていた。因縁の寧波の地に戻り、あの時と同じ道を行こうとしている明徳は、「私を守ってくれ。私のためでなく、兄貴たちの息子のために」と祈るのだった…
因縁の地、寧波に向かうにあたって、明徳は二人の義兄の位牌を持ってきたのでしょうか

42話「帰着の地」

蓁蓁は酒を注ぎながら、楊秀には「明日からはもう会えないのね」と言う。無想には「生きて戻ったら、剃度してほしい」と。剣雄には「私に三つの道をくれた」と言い、妻か官妓か出家かの道から、蓁蓁は今ようやく出家という「帰る場所」を見つけたと語る。愛憎の長い道のりを経て、蓁蓁はやっと剣雄への感謝を仏に祈る境地に達したのだった…
蓁蓁が出家を決意…そこにしか彼女が心安らかに暮らせる場所はなかったのですね

翌日、まず明徳と無想たちが出立していく。見送る剣雄に明徳は「お前には屈辱を味わわせた」と別れの言葉を残す。無想たちの後姿を見送りながら、楊秀は「兄貴は必ず出撃するよな」と剣雄に念を押す。疑うのかと言う剣雄に楊秀は「大切なのは、聞道が兄貴を待つことだ」と答える。
その頃明徳と無想は二十数年前の裏道を再びたどっていた。明徳は無想に「高剣雄を信じるのか」と聞くが、無想は逆に「昔、程将軍と高将軍が来ないと疑いましたか」と問う。明徳はそれに「まさか、義兄弟だったのだ」と返す、まさにそれが答えだった…
無想がかつての明徳と同じ立ち位置で、剣雄は程粛と高寿昔を合わせた立場かな?

江龍は楊秀を連れて寨門に戻り、ひそかに楊秀に「貴殿のことを心より尊敬する」とささやく。無想と剣雄がそれぞれの位置で待つ中、楊秀は義兄弟の誓いを立てた時のことを思いつつ、爆薬に火をつけて大爆発を起こす。剣雄は涙し、銅人たちは手を合わせるのだった…
岡田は爆発に驚き、大砲を準備させる。明徳はそれを見て、銅人たちに大砲を狙って突撃を命じる。明徳は倭寇に混じれば岡田も襲撃できないと読んでいたが、岡田はかまわずに砲撃を命じる。明徳は砲弾から無想を庇って倒れ、無想の腕の中で息を引き取る…
ああ、楊秀… そして明徳… なんという終わり方でしょう…

さらに攻撃しようとする岡田を江龍が止め、岡田はここに至ってようやく江龍の裏切りに気づく。「この江龍は、漢人である」と江龍は岡田と戦って倒されてしまう。しかし残る息で江龍は大砲の筒をひっくり返し、大爆発を起こす。それでも岡田はまだ戦い続け無想を殺そうと弓で狙っていたところを剣雄の剣に貫かれる。そして後には死体だらけの惨状が残り、その中を梁五が明徳の亡骸を背負って、女将の墓へ葬るために去っていく。ようやく戦いが終わったのだ…
江龍も… 梁五が思った以上に忠義者だったことに思わず泣かされてしまいました…

剣雄は北京に行き、徐階と厳世蕃に会い、自分自身を証拠として厳世蕃の罪を告発するという。「私にも進む道がある。私は地獄へ行く」と無想に別れを告げ、旅立とうとする。そこに蓁蓁が見送りに来る。「今日すれ違い、来世で恩を返したい」と言う蓁蓁に、剣雄は「君に会えた今世は素晴らしい」と言い残し、去っていく…
そして無想は少林寺に戻り、正念から観海大師の鉢を受け取る。剣雄、楊秀、蓁蓁それぞれが自分の行く道を進み、無想もまた進む先を見つけた思いで、空を見上げほほ笑む…
かつて楊秀がしたように、剣雄が告発の場に立つことに。楊秀の時よりも、一石を投じた波紋が少しでも大きくあることを願ってやみません…

そして40年後。少年僧と無想が墓参に訪れた場所には、無碑銘の墓石が二つ並んでいた。少年僧が誰の墓なのかと問うと、無想は「一人は南京郡王府の郡主で、もう一人は郡王府の練兵教頭だった」と答える。「本当は三人で、もう一人いた」とつぶやく無想の視線の先には、幼い四人の幻がかつてのように戯れているのだった…
40年後はいったいどんな未来になったのでしょうか。そこにはただ墓碑が残るのみ…

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40~42話の感想

終わりました…
三人の義兄弟と蓁蓁、それぞれがそれぞれの生き死にの先を見つけ、もの悲しいながらも何か、達成感を感じる終わり方でした。
二つの無名墓は蓁蓁と剣雄のものでしたが、爆死した楊秀は、亡骸がないので墓が作れなかったということでしょうか。何か別のもので弔ってあげればいいのにね…
蓁蓁は剣雄との約束を守って、彼の屍を弔ったということなのでしょうか。第1話で蓁蓁が無想のもとを訪ねてきたのは、死期を察して少林寺の無常院に入りにきたので、その時に剣雄の埋葬も託したのかもしれませんね。

楊秀は最後まで己の義を貫き、曲げない姿勢に命を懸けて散っていきました。蓁蓁は翻弄されて望まぬ生き方を強いられた月日を、それも自分と受け入れて最後は仏の道に。剣雄もまた己を見つめなおし、蓁蓁を愛し続けながらも義に身をささげることに。無想は最後まで生き残り、みんなを見送りながら薬局の僧として静かに余生を送っていったのでしょう…
それぞれの生きざま、死にざまというのがすがすがしさすら感じる終幕となっていました。

明徳が、最後の最後に程粛の裏切りも受け入れ、剣雄の人生をゆがめたことも謝罪し、父として息子の命を守って、寧波での出来事を上書きしてから、なんとも穏やかな表情で息子の腕で天に召されていきましたね…。序盤のあの憎々しい明徳が、死の直前ようやく恩讐を超えて無想と心がつながるとは、まったく予想だにしませんでした。
そして江龍…最後の最後に漢人としての誇りを見せて散っていきました。江龍もそうですが、寧波の前任者たちが腐敗せずに早めに手を打っておけば、死ななくてもいい命がたくさんあったのではないかと思うのですよね。

剣雄が告発した結果は描かれず、彼がどのような最期を迎えたのかはわからないままですが、無想が墓守をするくらいなので、きっと彼の努力は報われなかったのかもしれません。しかし、史実では厳嵩と厳世蕃の親子が朝廷を牛耳っていたのは嘉靖年間のうち約25年間で、あの衣鉢の大岡裁きをした嘉靖帝が徐階を信任するようになり、嘉靖44年(1565年)厳世蕃は処刑され、厳嵩も失脚します。剣雄が浴びせたひと太刀は厳党の排除にはきっと無駄にはならなかったかもしれません。…しかし、倭寇だけではなく外患に脅かされ続けた明王朝は、残念ながら長くはもたず、無想が願った民の平和はなかなか訪れなかったと思われます。

現実には強くも美しくも生きることは難しく、無想や敗火の境地にはなかなかなることは難しいのですが、時に空へ竹トンボを飛ばして、無想や剣雄の笑顔を思い出したくなる、そんな作品だったのではないでしょうか。全42話、おつきあいありがとうございました。

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ご訪問くださりありがとうございます!中国ドラマ.com編集長のクルミットです!普段から韓国ドラマを見ていましたが、ふとしたきっかけで中国ドラマを視聴ときにスケールが大きに驚き、中国ドラマ、台湾ドラマにもハマりました(笑)子育て真っ最中ですが、読んでくださる方に伝わりやすい文章を心がけていますので、良かったらご覧になってくださいね♪よろしくお願いします!

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